紅雨/勇魔。/COC/その他

紅雨 一章 6、通り雨

「ーということがありまして」
「ほう……またか……しかしいったい奴らの目的は何なのだ……」
「わかりません」
「奴らを取り逃がしたことについては、褒められたものじゃ無いですなぁ」
「しかしあの場に子供や忍で無いものも居たというのに無傷とは、充分ではないか」
「春原殿は秋月班に甘すぎですぞ」
「それを言うなら貴方は厳しすぎでは?」
「……」

へえ、らっくんも梯と対峙したんだ。

厳かな雰囲気で、偉い人達は会議を続ける。ここは伊賀。変装して紛れ込んだ甲斐があったな、と話を聞きながら思う。
あの子の戦闘力じゃやはりまだ梯を相手にするのは難しい。梯どころか普通の中忍相手でもこてんぱんにされちゃいそうだな。……こんなこと、本人に言ったら拗ねちゃいそうだけど。

…………にしても、やっぱり伊賀のセキュリティ緩すぎない?敵ながらに心配になってきたんだけど……大丈夫?

「とにかくここはもう一度、梯の拠点探索班を結成させては……」
「前回の結果を忘れたのですか…?」
「もちろん覚えている。あれだけ実力者を集めた班を向かわせて、誰ひとりとして帰ってこなかったのだ。忘れるはずもない」
「このタイミングで更に戦力を減らすような真似は避けたいと、そう思わんか」
「避けても奴らがその気になれば、こちらは何もできないまま戦力を大幅に削られることになるだろう。なら先手を打たねば」
「だとしてもだ、何もそんなに急ぐ必要は……」

伊賀も大変だなぁ。と他人事な俺。まあ実際他人事だしねぇ。
……しかしもう少し時が経てば、伊賀と甲賀の二里は梯をキッカケに手を組むだろう。一時的だとしても、組むことはほぼ確実。今回はそれを確かめに来たのもあるんだから。……つまりは、そのうち他人事じゃなくなる。
全面的には組みたくないらしい甲賀の偉い人達の話によると、組むのは我ら法雨家が任されそうとのこと。それを当主から聞いた時、嫌な予感がした。
ーーもちろんそれは伊賀といえば立花家を真っ先に連想するからだ。改めて説明すると、立花と法雨の対立はもう何百年と続いているもので、忍界では有名だ。法雨は忍者界でも陽のイメージを持たれる甲賀で1番の名家。実力はもちろんトップクラス、というかトップで、当主があの感じ(後にわかる)だし、なにかと有名な家となってしまっている。俺はそんなことどうでもいいのだが、何せ現当主のお気に入りの俺は次期当主とまで言われているし、きっとそうなるだろう。関係の無い話では無い。むしろ1番そのイメージを背負わなければいけない立ち位置にいる。面倒だ。
そして一般的に陰のイメージを持たれている伊賀での名家、立花家。法雨ほどではないが有名で、実力もある。……次の代はどうなるかわからないけどね。
そんな有名な法雨と立花の対立なんて、当たり前のようにみんな知っている。なのによりによって1番反発し合いそうな二家族を近づけるようなことしなくても……というのが正直な感想だ。手を組むとはいえ、所詮は忍。裏で何が行われても不思議ではない。偉い人の考えなんて、俺にはわからないね。まあ理解する気が無いんだけど。


話は戻り、この後も伊賀のお偉いさん達の会議はしばらく梯の話題で盛り上がっていたが、大した進展もなく、次の話題へと移り変わっていった。

さ、聞きたい事は聞けたし、そろそろ気づかれる前に抜け出すかな。お邪魔しましたぁ~……っと。


会議室を抜け出すと、そこでただ1人、法雨 里冉という忍を待っていた狐面に目配せする。
狐面は軽く頷き、俺の後に続いた。


甲賀へと帰る森の中で、狐面に先ほどの会議の話を少しする。

実は、俺が伊賀との同盟に乗り気でない理由はもう一つあった。
それはもし発覚してしまったら確実に自分が困ることになる、むしろ最悪の場合殺されかねない事実に、幾つか心当たりがあるからだ。だから余計に俺としては家族ぐるみの付き合いはしたくないんだよねえ。
ふと思ったそれを見透かしたように、狐面は鼻で笑う。

「それ、僕が十(つなし)様に知ってること全て報告したら元も子もないやつですね」
「何考えてるの哀(かるな)。やめてよ?」
「わかってますよ。僕もめんどくさい展開は嫌ですし。十様の為にも大事な次期当主を失うわけにはいきませんし。」
「ていうか勝手に読心術使うのやめて」
「何言ってるんです、読心術なんて使えませんよ。ファンタジーの見すぎじゃないですか。馬鹿ですか。」
「まさか読心術の一言でそこまで馬鹿にされるとは思わなかったなぁ」

ここ最近、当主からの命令で伊賀での俺の行動はほぼこの辛辣な狐面の子供、哀に監視されている。子供ながらに、法雨家当主の十様の側近だ。
側近なら近くにいろよ!?と毎回思っている。しかし十様お気に入りの俺が、甲賀や法雨にとって怪しい動きをしないように見張るよう命じられたらしく、お互い嫌々ながらも見張り見張られていると言うわけだ。撒こうと思えば余裕なのだが、もちろんそれも怪しい行動と見なされるわけで……。
と、いうか、いろいろと当主に伝わって欲しくない情報を握られている俺は大人しく従うしかないわけで。

二人で伊賀に潜入とか仲良しかよ。なんて思った人、残念でした。ただの監視です。むしろ仲は悪いです。ていうか俺が一方的に嫌われてます。

話しながらも森を抜け、甲賀に入るとすぐそこから法雨家の敷地が広がっている。門番に話しかけ、中へ入れてもらうと、その奥地に聳え立つ当主が待つ本家の屋敷へと一直線に向かう。法雨の人間以外は迷うであろうこの山道は、侵入者に備えて様々な罠が張り巡らされている。幼い頃はよく弟と罠に挑んで大怪我して帰ったっけなぁ。おかげで女中の神酒(みき)さんに大目玉食らってさぁ。ふふ、懐かしい。
そんなことを思いぼんやりと昔の光景を目に浮かべていたら、瞼に突然、ぽつ、と冷たいものが当たる。気づけば辺りは薄暗くなっており、空気の匂いが少し変わっていた。

「降ってきたね、朝の予報通り」

雲行きが怪しくなった辺りで少し足を早めていた哀だったが、「チッ」と小さく舌打ちを鳴らして全速力で屋敷へとダッシュし始めた。
それに続く俺だが、走っている途中ふと、哀とは別の気配を感じて慌てて立ち止まり振り向く。誰もいない。気のせい……?
だといいんだけど、そう小さく呟き、強くなる雨に比例して更に足を早めた。

ようやく屋敷に着き、濡れた全身を拭いていると、廊下の窓から差し込む明るい日差しを見つけ、その光を覗き込む。
雨はどうやら通り雨だったようだ。さっきまで勢いよく降っていたのに、もう綺麗な虹を空に映し出していた。

通り雨、か。

これから二里に降る雨は、果たして通り雨で済むのだろうか。
俺はそんな自問に答えるように、済めばいいけどね、と窓の外の虹に少し皮肉に笑いかけた。