紅雨/勇魔。/COC/その他

紅雨 一章 5、襲撃

「なっ……!?」

突然菊の露に差し込んだ外の強い光。それを背負った影がゆらりと動く。と、同時に高めの無邪気な声が鼓膜を刺激した。

「あーあ、やっぱもろいなーつまんないの」
「あのな、和。今回は破壊に来たんじゃない。バカか?」
「バカって言ったー!ありがとうございます」
「喜ぶな変態め」

やっと慣れてきた目を凝らし影の正体を確認する。つい先程まで壁があった場所に立っていたのは、二人の女。バカと言われて喜んでいたほうはどうやら壁を壊した犯人らしく、しかも素手だ。そしてもう一人は獣耳と尻尾が生えていて、大きな鎌を持っている。え…こんなのが実在するのか……!?
……ていうか、二人……って、まさか……!

「茶紺、もしかしてこいつら……」
「もしかしなくても、梯だね。卯李、吟くん、奥へ逃げていなさい」
「う、うん……!」

破壊に来たんじゃない、という言葉とは裏腹に鎌のほうも完全に戦闘態勢に入っており、逃れられないと認識する。
咄嗟に握っていた買ったばかりの新しいクナイを更に握りしめ、相手を睨む。

「あれれ~なんかやる気満々だねえ?んふふ、ちょっとは楽しませてよね!」
「まあ何もしないで帰るのも癪だしな」

いやいやいやいや馴染みの店の表半分が壊されて何も反撃出来ない方が癪だし!?と思いながら茶紺に視線を移す。案の定、こちらも反撃する気満々のようだ。
と、目を離していた一瞬の間に背後に気配を感じ咄嗟に動く。感じたのは、紛れもない殺意。
俺がいた場所に、和(にぎ)と呼ばれたほうの拳が振り下ろされる。空を切る音を耳元に感じ、冷や汗が滲む。
床にめり込む拳を横目に避けた体勢から回し蹴りを入れる。が、もう片方の手であっさり止められた。そのまま体を捻り、足を掴む和の手を振り払う。

「……っは、おま、なんで……!」
「出くわした敵に攻撃するのに、理由…必要?」

こいつ……!
クナイをもう一度握りしめ、構える。

キィィンッ

と、横から聞こえてきた金属がぶつかる音にハッとする。見れば茶紺が獣耳のほうと戦っていた。どうやら鎌と忍者刀がぶつかる音だったようだ。刀はどこから出したのか、と思ったが、あれ多分店に置いてあったやつだな。

「よそ見しちゃだめだよー」
「……っ!」

和が何か怪しいものを手にしながら再び襲いかかってくる。あまり見ない形をしているあれはいったい……

『あと目立ったことと言えば、爆弾』
『作ってるやつが別にいるっぽかったよ』

ここでふと脳裏を過ぎる里冉の言葉。……嫌な予感がするぞ。

「楽っ!」
「っ!!」

思考をめぐらせている隙にまた後ろから降り掛かってきた和の拳を受けてしまった。
茶紺が教えてくれたから気づいて咄嗟に受身が取れたが、その威力は予想通りで、俺の体は吹っ飛ばされ店の棚へと突っ込む。

「ぐっ……」
「あはっあははっ!いいねぇその表情!!嫌いじゃないよぉ!!」

よろめきながら立ち上がる。パンチをまともに受けた腕がビリビリと痛むが、痛みに顔を歪めている場合ではないことくらいはわかっている。
和へ向けて手裏剣を数枚投げつけ、避けたところへクナイを振りかざすが、切ったのは空だけ。すぐに避けた体勢からの攻撃が飛んでくる。それをかわし、また蹴りを入れる。今度は当たった。が、全く効いていない模様。くっそ、どうやったらダメージ与えられんだよコイツ……!そんなことを思った瞬間、突然クナイが少し重く感じて動きが鈍る。するとまた俺の体は宙を舞っていた。

今度はしっかり着地するが、どうも攻撃を受けたのが足らしく痛みが走る。
茶紺のほうを見ると、俺らより激しい攻防が繰り広げられており、鎌と忍者刀が残像を残してぶつかりあっている。

「あ、そうだ」

突然何かを思い出したような声を上げる和。

「珀~こんなとこで時間くってる場合じゃないじゃんはやく行こーよ」
「だからそれは最初に言ったろうが!!私らの目的はコイツらじゃないんだ!!」
「うんそだね~行こ~?」
「飽きたんだなよくわかった。あと言われなくても行く」

あっさりと戦いを諦め、俺達に背中を向ける二人に、思わずポカンとする。
え……?飽き……え?

「あ、じゃあ最後にこれ」

そういってポイ、と投げたのは先ほどの怪しい物体……と認識したと同時に寒気が走る。

「……!?」

 

しん……

「あれ……?」

咄嗟に瞑っていた目を恐る恐る開くと、真っ先にうつったのは氷漬けになった爆弾であろうもの。
なんで氷漬け……!?

「お前は適当すぎるんだよ。むやみやたらに使いすぎるとアイツに怒られるんだからやめろ」
「いてっ。はぁーい、つまんないの」

珀(はく)と呼ばれていた獣耳が空中で氷漬けになったそれを回収し、それから和の頭にチョップをかまし、去っていった。

俺が思わず追いかけようとすると、茶紺が肩に手を置き無言で首を振る。

少し冷静になり、追いかけるのを諦める。


「なんだったんだ……?」

2人がさっきまでいた場所をじっと見つめながらぼんやりと呟く。

「さあ……?でも、店は壊されたけど誰も重傷じゃなくて助かったね……」
「ああ……」
「店がぁぁ……」

……そういえば、クナイのあの感じはなんだったんだろうか。和と戦っている時にふと感じた謎の重み。新しいから慣れてないだけか……?きっとそうだな……

このときはそう自己完結し、あまり気にしなかったのだ。この時は。

 

「……え、なにこれどうしたの」

突然聞こえてきた聞きなれない女の声に驚き、振り向く。
そこにいたのは俺と同じくらいの年に見えるジト目で派手な装束を身にまとったくノ一で、店の状態を見て呆気に取られている。

「恋華…っ!君ねぇ、何分遅刻だと思ってるの!!」
「わ、謝る!謝るから待って茶紺……っ!」
「遅いよもう……君がいたら1人くらい倒せたかも知れないのに……」
「だから何があったんだよー僕にもわかるよう説明頼む」

恋華……?と俺がはてなを浮かべていると茶紺が紹介してくれた。
こいつはどうやら秋月班の仲間で、一鬼 恋華(いちき れんげ)というらしい。パーティーと顔合わせのために呼んでいたのだが、何故かなかなか来なかったという。相当な自由人らしい。

茶紺は恋華に先ほどの話を詳しく聞かせ、それから遅刻したことへの不満を説教に込め始めた。でも恋華のあの顔は聞き流してるな。慣れてそう……。

「あ、そだ、新入り君って君のことでしょ。よろしく」
「お、おう。立花 楽だ。よろしく」
「じゃあらっくんだねー!」
「ちょっと恋華!聞いてるのかい!?君はいつもいつもこうやって……」
「わーったって茶紺もういーでしょ。せっかくの顔合わせなんだしそんな…」
「その顔合わせに遅れてきたのは誰だよ」
「あれれもしかしてらっくんツッコミ属性ー?」

皆で破壊された壁の破片を集めたり、片付けながらの顔合わせ。とんだスタートだな……。
壊された店を見て1番ショックを受けているはずの梅雨梨は性格のおかげかさっさと立ち直って、落ち込んでいられない!と壁を塞ぐものを探しに部屋を回っている。
少ししてから卯李と吟が心配そうに部屋から顔を覗かせ、片付けに加わる。

「お店、リフォームしなきゃね」
「だな……」
「どうせならバージョンアップさせてやるわよ」
「はは、流石梅雨梨」
「くっそぉ……アイツらめ……覚えとけ……いつかめっためたのボッコボコにしてやるんだから……茶紺が」
「俺なのねそれ」

あそこで頭に血が登ったまま追いかけていたら俺がボッコボコにされてたんだろうな、きっと。
素手相手に全然太刀打ちできなかった自分の不甲斐なさに、少し不安になる。
こんなので本当に、この班でやっていけるのだろうか。


強くなりたい。


純粋にそう思った。